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2012-01-31

どこに行きたいか、どんなふうに生きたいか、はっきりわからない時でも、明るい方向へ 暖かい場所へ進んでみるといいことあるかもしれないよ



考えてみれば、黒耳堂の屋号は、はじめ、デザインフェスタに参加する時に、単発で決めたようなものでした。

そのデザインフェスタへも、いつも参加していたというわけではなくて、財力と余力にお伺いをたてつつ…というペースだったので、定期的に創作活動をしていた、とは、その頃はまだ、言えなかったと思います。
おいらの、黒耳堂以前の時代ですねw

ただ、なにかを、作りたかったし、その、自分が作ったものを、目の前で他の誰かが、手にとってくれて、抱きしめたり、微笑んでくれたりすることが、たまらなく嬉しかった、それだけでした。

今も、基本は、そうです。

ただ、自分以外の誰かに作品を手渡すということに、もっともっと、慎重に、丁寧に、と、心がけるようになったし、それなりに、コストやパッケージなど、作品そのものとは少し離れている物事にも気を配れるようになってきたかな…。

そうして、いくつかの、点となる(と言っても行っている時にはその自覚はない)活動や発表を重ねていくうちに、新しく声をかけていただいたり、機会を紹介したいただいたり。

気がつくと「時々、作品を作ってみていたみみくろ」から、「コンスタントに作品を必要としてもらえる黒耳堂」へと、少しづつ、変化してきています。

はじめから、明確に「黒耳堂に、俺はなる!」と思っていたわけではないのに、気がつくと、黒耳堂になってるものなんだなぁ、って。

そんなことを、今日、空を眺めながら昼ごはん食べてる最中に、なんとなく思ったので、ここに記しておきます^^

自分はもっと…なにかになるにしても、強く覚悟をして、「養成ギプス」的な苦行をしないと、やりたいことなんてできないし、なりたいものになんてなれるものではない、と、子供の頃は思っていました。

画家になる、と、決めて、毎日、どうにかなってしまうほどに絵を書きまくって、そうして、ようやく、誰かに認められて、仕事になる、そんなふうに。

いや、実際、そうやって夢を叶える人もいるのでしょう。

けれど。
それだけでもないんだなー、って。

なにになりたい、どこにいきたい。
それが、よくわからなくても、うまく掴めなくても、自分にとって、明るく見える方向へ、暖かいと、好ましいと、思えることをやる、一歩だけでも進んでみる、手探りでも、失敗したとしても。

案外、そういう動きからも、未来は広がっていくんだなぁ、って。

そして、自分の気合だけじゃなく、人々の助けや関わりによって、未来は変わっていくのだなぁ、と。

当たり前ですか?
はは、そうかもしれないです。
けれど、おいらは、そのことがとても嬉しいのです。

ああ、それから。

明確にやりたいことがわかってなくても動いてきた過去の自分をちょっと褒めたいし、今までおいらとといらの作品と関わりを持ってくださったいろんな方に、最大級の感謝の気持ちを贈ります。ありがとうございます。(これからの活動にも乞うご期待☆)

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