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飛ぶように過ぎる毎日の、一分だけ。


耳を澄ます、
という表現がある。

そのことを頭の中に思い浮かべる時、その主体はなんとなく、瞳を閉じているような気がするのはなぜなんだろう?

視覚も味覚も聴覚も触覚も嗅覚も、
最近じゃ、同期していることのほうが多い。
世に言う「ながら」という状態だ。

たった今のおいらも。

電車の扉が開いて冷たい風が入ってきた、ん、この香りは隣のおっさんのヘアトニックか(臭いなぁ)、それにしてもこののど飴は甘すぎる、今度もっと別のを買わなきゃ、んー、フリック入力でミスしてしまった、あ、今、イヤフォンから流れてきてるこの曲すごく好き……

もうね、ひとつひとつの感覚を吟味してる時間なんてないですよ?
次から次へ、思考も感覚も流れていって、そんなふうに、数分、数時間、数日、数ヶ月。

飛ぶように過ぎて行く時間、
あっというまに見過ごされる感覚。

少し、危惧感を感じてしまうのです。
結局、おいらの人生はこうして、凄まじいスピードで、終わっていくんだろうな、って。

それで「ながら」をやめて、
ひとつのことに集中してみようかな、と。

耳を澄ます時には、視覚はいらない。
そんなふうに。

そこで。
今、ほんの一分。

目を閉じて、耳から流れてくる音楽に集中してみることにしました。

たった一分。
けれど、なんて、豊かな時間、豊かな感覚なんだろ!

毎日に持ち歩いている聴き慣れた音楽なのに、改めて聴き入ってみると、流して聞いてる時と全然違うんだよね。
なんというか、月並みだけど、豊かな気持ちになるよ。

たった一分、食べてるものに集中する。
たった一分、好きな人の顔を見つめる。
たった一分、目を閉じて深呼吸。

なんでもいいので、
今まで「ながら」で続いてきた時間を、たったひとつのことをゆっくり行うことを通して、一旦、区切ってみようかな。

そんなふうに、思いましたとさ。

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